東京地方裁判所 平成11年(ワ)15955号 判決
原告 吉井憲一
右訴訟代理人弁護士 斉藤英彦
株式会社アクシスこと
被告 楠啓介
右訴訟代理人弁護士 星野健秀
主文
一 被告は、原告に対し、二一〇万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、三一五万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、被告が製作する劇場用映画の脚本の作成を脚本料三五〇万円で請け負ったと主張する原告が、脚本を作成して被告に交付したのに、被告は右脚本料のうち三五万円を支払ったのみで残金を支払わないとして、請負契約(脚本家契約)に基づき、脚本料三五〇万円から既払金三五万円を控除した三一五万円及びこれに対する弁済期の後である平成一〇年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 争いのない事実等
1 被告は、「『一九〇九年一〇月二六日ハルビン』~安重根と伊藤博文 二つの祖国~」と題する劇場用映画(以下「本件映画」という。)の製作を企画し、平成一〇年三月ころ、原告に対し、製作意図を説明した上で、脚本の作成を依頼し、必要な資料等を交付した(争いがない)。
2 原告は、平成一〇年五月ころ、本件映画の脚本の第一稿を書き上げ、被告に交付した(甲第一〇号証、証人桑山和之の証言、原告本人尋問の結果)。
3 原告は、平成一〇年五月ころ、被告に対し、脚本料の決定を申し入れ、交渉の結果、三五〇万円とすることで合意した(争いがない)。
そして、平成一〇年六月ころ、原告が契約書の作成を求めたところ、被告は、六月一八日に右脚本料のうち三五万円を原告に支払い、原被告間で、七月一日付けで「脚本家契約書」と題する契約書を取り交わし(以下「本件契約」という。)、脚本料残金については八月一〇日に一〇〇万円、九月三〇日に二一五万円を支払うことと定めた(争いがない)。
4 原告は、平成一〇年六月下旬ころ、被告に対し、仮題として、「一九〇九年・一〇月二六日ハルビン」と題し、「検討用」と付記した脚本(以下「本件脚本」という。)を交付した(争いがない)。
5 被告は、原告に対し、平成一二年八月二四日の本件弁論準備手続期日において、本件契約を解除するとの意思表示をした(当裁判所に顕著な事実)。
三 争点
1 本件契約に基づく原告の脚本料支払請求権の有無とその金額
(一) 原告の主張
(1) 原告の脚本作成の仕事の完成
本件契約は、基本的に請負契約であるが、映画の脚本という知的創造物の作成を仕事の内容としており、しかも、映画製作は、監督、プロデューサー等多数の関係者の関与と協力によって長期間かけて行われるもので、映画の完成に至るまでに脚本の内容が変更されることを予定しているから、脚本家の責任は初稿を映画製作者に引き渡した時点で完了し、その後の脚本の改訂は脚本家の協力義務に過ぎない。
原告は、本件脚本を被告に交付し、被告は、これに若干の手直し意見を出しつつも製作意図に沿った脚本として評価し、受領したのであるから、その時点で原告の仕事は完成した。
なお、原告は、本件脚本の作成にあたり、主として、被告から交付された「シノプシス」(あらすじ)及び自費で購入した佐木隆三著『伊藤博文と安重根』(文春文庫)を参考にしたが、平成一〇年五月ころ、被告に対し、佐木に原作とすることの了解を取るよう伝えて、被告もこれを了承していた。被告は、平成一〇年七月二四日、原告に対し、本件脚本の大幅な手直しを要求した旨主張するが、その時点は、脚本の具体的手直しを求めるような段階にはなかった。実際に本件脚本の修正の意見が映画製作の関係者から出そろったのは、平成一〇年九月中旬ころであって、被告が、原告に対し、本件脚本の完成度が低いと伝えたのは、平成一〇年一二月一八日付けの手紙においてであるから、被告の主張は脚本料支払を怠った言い訳にすぎない。さらに、被告は、右手紙で、本件未払脚本料全額の支払義務のあることを認め、うち五〇万円ないし一〇〇万円を翌年一月末ないし二月一〇日までに支払う旨意思表示をしているのであって、このように債務を承認しながら本訴でこれに反する主張をすることは信義に反する。
(2) 本件契約の解除の主張について
原告は、被告との間で本件契約の合意解除をしたことはない。原告は、被告との信頼関係を破壊したこともないから、これを解除事由とする契約解除は理由がない。
(二) 被告の主張
(1) 原告の脚本作成の仕事の完成度
本件契約は請負契約であるから、完成前に脚本料の一部が支払われたとしても、将来の仕事完成を停止条件として支払われるものである。脚本家は、発注者から検討用脚本の手直し等の指示を受けた場合には、速やかに指示に従い、改訂した脚本を提出しなければならないのであって、基本的には映画が完成するまで脚本家である原告の仕事は完成しないのである。
原告が提出した本件脚本は、第一回目の検討用の脚本に過ぎず、その内容は、あらかじめ原告に交付したシノプシスや、佐木隆三著『伊藤博文と安重根』(文春文庫)の単なる引用の域を出ないものであって、登場人物の名前も不正確であり、時代考証もされず、台詞の表現方法も画一的なものであって、複数の映画評論家からもシノプシスの域を出ないと評価された。そこで、被告は、平成一〇年七月二四日、原告に対し、外交資料館へ足を運ぶ等して登場人物のフルネームを調べること、時代考証を綿密に行うこと、台詞の表現方法を工夫すること等の指示をし、本件脚本の大幅変更を要求したが、原告は、これに一切対応しなかった。よって、原告の仕事は完成しておらず、全体の中の完成度としては一〇パーセントにも満たないものであった。なお、被告から原告宛に出した平成一〇年一二月一八日付けの手紙は、被告の事後処理の内容を記したものであり、脚本料全額の支払義務を認めたものではない。
(2) 本件契約の解除
被告は、平成一〇年一〇月ころ、原告が、脚本の内容の修正に関する被告の指示に従わなかったことや、脚本料の催促にのみ執着して作品の内容に対する熱意が感じられなかったことから、信頼関係が破壊されたものと判断し、口頭で本件契約の解除の意思表示をした。原告も、右解除を了承し、それ以降、原被告間で脚本の手直しの話は一切出ず、キャンセル料の問題だけが残されたのである。
仮に、右解除が認められない場合に備え、被告は、前記二5のとおり改めて信頼関係破壊を理由として解除の意思表示をした。
いずれにせよ、本件契約解除の時点で、原告の脚本の完成度は一〇パーセントに満たないものであり、被告は、原告に対し、本件契約上の脚本料の一割に当たる三五万円を既に支払っているのであるから、原告の脚本料請求権は存在しない。
2 脚本料支払の繰延合意の有無
(一) 被告の主張
通常の脚本家契約であれば、脚本料は、契約時の着手金、中間金及び脚本が完成し発注者の了解が得られた段階(いわゆる検収時)での残金支払というように三段階で支払われることが一般的である。
本件契約締結の際には、平成一〇年一一月ころに本件映画の製作発表がされることを予定して支払方法が定められたもので、仮に、何らかの事情により本件映画の製作発表の予定が繰り下がる場合には、当然に脚本料の支払予定も変更されることが原被告間で黙示に合意されていた。
(二) 原告の反論
脚本料の支払方法についての慣行と目されるものはなく、ケースバイケースで、プロデューサーと脚本家との話合いにより決まるものである。
脚本家である原告が、映画の製作発表の時期を知るべくもないから、本件契約締結時に製作発表の時期を前提とすることはあり得ない。また、原告は製作発表の予定が繰り下がるという説明を被告から受けたこともない。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 原告の脚本作成の仕事の完成の有無
(一) 原告は、本件脚本の提出により原告の脚本作成の仕事は完成しているから、脚本料残金全額の支払請求権を有すると主張する。これに対し、被告は、映画が完成するまで脚本家の仕事は完成しないから、本件において、原告の脚本作成の仕事は完成しておらず、その完成度は一〇パーセントにも満たないものであって、その状態で本件契約が解除されたから、原告の脚本料残金支払請求権は存在しないと反論する。
そこで、争点1について判断する前提として、原告の脚本作成の仕事が完成しているとみるべきか否かについて検討する。
(二) 甲第一号証、証人桑山和之の証言、原告、被告各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件契約の契約書には、脚本の修正や、仕事の完成時期について明確に定めていないが、本件契約締結時においても、原告は、映画の完成に至るまでに、提出した脚本を修正する旨の合意があったこと、本件脚本の提出時には、被告ら製作関係者の意見を聞いてさらに改訂することが原被告間で予定されていたこと及び本件映画は未だ完成に至っていないことが認められる。
ところで、一般的に、映画の製作においては、映画製作の関係者の意見や予算の都合等により、映画の完成に至るまで内容の修正や変更が必要となることが多く、脚本作成を依頼された脚本家においても、脚本についてある程度の修正や変更が求められることがあることを前提としているものであるところ、映画製作においては、脚本は必要不可欠の要素であり、これが不完全なもののままでは映画は完成しないのであるから、右のような脚本の修正や内容の変更は、脚本家契約締結時に予定されていた映画製作期間、脚本の修正等の必要が生じた理由等を総合して、合理的な範囲内において脚本家のすべき仕事に含まれるものと解される。そうすると、右のように修正等を施した脚本を映画製作者に引き渡すまで完成するとはいえないと解することが相当である。
(三) なお、甲第八号証によれば、脚本家契約(劇場用映画用)の定型契約書第二条においては、「脚本家の脚本執筆に関する責任は、初稿を映画製作者に引き渡したときに完了する」旨の定めがあることが認められるが、脚本作成の仕事が前記のような性格を有していることに照らせば、右の定めは脚本家の責任を軽減した特約と解すべきであって、右定型契約書を使用していない本件契約についてまで当然に同じように解すべきものとはいえない。
(四) そうすると、本件では、本件映画は未だ完成に至っていないし、本件脚本も将来修正等が予定されていたことは前記認定のとおりであるから、原告が本件脚本を作成し、被告に交付したことのみでは本件契約に基づく脚本作成の仕事は完成しているとみることはできない。
2 本件契約の解除
(一) 被告は、平成一〇年一〇月ころ本件契約は解除されたと主張し、本人尋問において、そのころ、「被告に対して電話で解除の通告をしたところ、被告も解除に応じた」旨供述し、乙第三、第四号証にも同趣旨の記載がある。
しかしながら、第一に、甲第三号証の一によれば、被告は、右解除を通告したという時期の直後の平成一〇年一二月に、原告に宛てた手紙で、「来年、支払は必ず実行いたします。」などと脚本料の支払を繰り返し約束した上で、「シナリオの件を含めFAXで意見等お知らせ下さい。」と今後の脚本の改訂を前提として意見を求める趣旨の記載をしていることが認められ、被告が本件契約を解除したということとは矛盾する態度を示している。第二に、被告は、その本人尋問において、「平成一〇年一〇月に解除の通告をした以降は、原告とは脚本の内容についての話はなかった」という趣旨の供述をしながら(同調書一四頁)、右手紙の記載の趣旨については、「原告が書いたシナリオに関してどういう意見を持っているのかを聞くためである」旨供述している(同調書三〇頁)が、これは、前後整合的な理解が困難な供述というほかない。これらを考慮すると、前記被告の供述や乙第三、第四号証の記載部分を採用することはできず、他に前記被告の主張を認めるに足る証拠はない。
(二) もっとも、被告が本件弁論準備手続において解除の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。しかし、右解除の意思表示が、原告の債務不履行を理由とするものか、その他の解除権に基づくものか必ずしも明確ではない。本件契約は請負契約であるから、単に契約当事者である原被告間の信頼関係が破壊されたというだけでは債務不履行による解除の主張としては十分ではなく、主張自体失当であるから、右解除の意思表示は、<1>脚本の内容の修正に従わなかったことを理由とする債務不履行を理由とするもの(民法四一五条)、あるいは、<2>請負人の仕事が完成しない間に請負人である原告に対する信頼がなくなったことを主観的動機とする注文者の解除権に基づくもの(民法六四一条)のいずれかであると解される。
そして、乙第三、第四号証、被告本人尋問における供述には、平成一〇年七月二四日、被告は、原告に対し、本件脚本に関して、時代考証を綿密に行うこと等の指示を出したとする被告の主張に沿う部分があるが、原告が、その本人尋問において反対趣旨の供述をしており、他に的確な証拠も見当たらないところ、直ちに被告本人尋問の結果等を採用することはできない。このことに加え、そもそも、被告は、本件契約に基づき平成一〇年八月一〇日に支払うべき脚本料の支払を怠ったのであり、これが原告が本件脚本の改訂を進めるに至らなかった最大の原因であるということができるから、結局、原告側の債務不履行を理由とする解除とみることはできない。
したがって、被告による右解除の意思表示は、請負人の仕事が完成しない間の注文者の解除権に基づくものと解すべきであるということになる。
3 原告の脚本の完成度
(一) 請負契約が、注文者の解除権により解除された場合であっても、請負人の注文者に対する請負代金請求権が全く失われるわけではなく、請負契約が解除されるまでに出来上がっている仕事の完成度合い(出来高)に応じた代金請求権は存続するものである。
そのような代金額は、本件に即していえば、本件契約解除時における脚本の完成度に応じて算定されるべきものである。そして、その完成度は、原告が解除時までに本件脚本作成に費やした時間、以後脚本の完成までに予想される作業量、本件脚本の内容及び分量、本件脚本に対する関係者の評価、本件脚本の提出から本件契約の解除に至るまでの経緯等の考慮要素を総合して割合的に判定することが相当である。
(二) 乙第三号証には、「脚本家に脚本を依頼した以上、脚本家が書いたものが愚作・駄作であった場合にも脚本料の全額を支払わなければならないとしたら、映画業界は発展していかなくなる。脚本料は、発注者が脚本を採用することを決定した場合に支払うべきものである。」旨の記載部分があるが、前記1(三)のとおり、脚本家契約(劇場用映画用)の定型契約書では、「脚本家の脚本執筆に関する責任は、初稿を映画製作者に引き渡したときに完了する」旨定められている(甲八)のであるから、脚本家契約一般において、脚本料は、発注者が脚本を採用することを決定した場合に初めて支払われるという慣行があるとみることはできないと考える。
ところで、本件のような劇場用映画の脚本の作成は、創造性の高い性質を有する作業であり、映画製作者にとっては、脚本の分量や脚本作成に費やした時間ではなく、その内容が製作意図に適合する水準に達していることが重要であるということになろう。しかし、脚本の内容は、脚本家の芸術的技量に依存するとともに、映画製作者の製作意図等客観的判断が困難かつ微妙な要素に大きく左右されるところがあるから、映画製作者の主観的判断に委ねることとし、映画製作者が満足しない限り脚本料請求権が発生しないとすれば、映画製作者にある意味で恣意的な対応を許容することにもなりかねない反面、脚本家としては、脚本作成の仕事は一件につき相当な日数を要するものであるのに、映画製作者に受け入れられなければ仕事に見合う報酬を受けられないことになり、脚本家の地位が著しく不安定になるから、極めて不公平な結果となって相当とはいえない。もとより、映画製作者は、不本意な脚本で映画製作をしなければならないことはないのであるから、意に添わない脚本が提出され、修正不可能と考える場合は契約を解除することは許されるが、その際は、脚本料の精算について脚本家と協議をしなければならないのであって、その協議が整わない場合は、脚本家が実際に仕事をした分(出来高)については、前述のとおり、その対価相当分を支払わなければならないのである。これを実質的観点からみても、脚本家を選抜するのは映画製作者であるから、その脚本家の能力及び作成された脚本の出来映え等について映画製作者が右のようなリスクを負うのはやむを得ないというほかない。
以上のとおり、いずれにしても、乙第三号証の前記記載部分を採用することはできないといわざるを得ない。
(三) 甲第二、第一〇号証、乙第二号証、証人桑山の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、後記(四)で採用しない証拠を除き、これを左右するに足りるものはない。
<1> 原告は、平成一〇年五月ころ、桑山に対し、本件脚本の前に、検討用脚本を交付し、被告や桑山の意見を踏まえて修正して本件脚本を作成した。
<2> 本件脚本は、本文六五頁で、一頁の行数が四〇行程度、一行の字数が三〇字程度のものであって、被告が原告に渡したシノプシスと比較すると、シノプシスにはない場面が複数含まれているなど大幅に分量が増えている。
<3> 原告は、脚本の作成を請け負った平成一〇年三月ころから、本件脚本を提出する平成一〇年六月ころまで、他の仕事をすることなく、本件脚本の作成にかかりきりであった。
<4> 映画製作者側では、原告に依頼する前の脚本家の脚本が史実を大きく逸脱し、恋愛ドラマを織り込んでいたこと等から、史実に忠実な脚本作成を望んでいたところ、本件脚本は、シノプシスに沿ったもので、第一稿としては製作意図に沿う作品であるとの認識を持った。
以上の事実に加えて、後記(四)のとおり、被告が、原告に対し、被告の資金繰りの都合で脚本料支払が遅れていることを認めて詫びていること等本件契約の解除に至るまでの交渉経過等の考慮要素を総合すると、本件契約の解除の時点で、原告の脚本作成の仕事の完成度は、少なくとも全体の七割を下回ることはないものと認めることが相当である。
(四) ところで、被告は、本件脚本の完成度は一〇パーセントにも満たないと主張し、本人尋問において、本件脚本については、「シノプシスと佐木隆三先生の本を一〇〇パーセント流用して書いたな」と感じ、映画製作の関係者の意見を聞いてもシノプシスに毛の生えたようなものだといった低い評価だったので、これを七月二四日ころ原告に会って伝えてあり、本件脚本は被告が原告に脚本の依頼をした当時、念頭にあった全体としての仕事の一割に相当する旨供述している。
しかしながら、甲第三号証の一、第五号証によれば、被告は、本件契約の脚本料支払日が経過した後の平成一〇年一二月に、原告に宛てた手紙の中で、支払が滞っていることを詫び、「支払い可能なのは年明けの一月末~二月一〇日までの間に(五〇万~一〇〇万の間で)まず支払います。」と約束し、右約束の支払期限である平成一一年二月一〇日には、「この分ですと映画製作の可能性もおそらくかなり難しくなると思われます。」として、資金繰りができないために約束どおり支払えないことを告げた上で、「私のプロデューサーとしての資質を問われていましたが、今のところ反論の余地はありません。」と詫びていることが認められ、これによれば、被告が、この時点で、本件脚本の完成度が一〇パーセント程度のものにすぎず、脚本料残金を支払う必要はないと考えていたとは到底認められないといわざるを得ない。
また、前記第二・二・2、3及び第三・一・3(三)のとおり、被告は、平成一〇年五月ころ、脚本の第一稿の交付を受け、検討した上で、同年七月一日に脚本家契約を締結しているのであり、本件脚本は、原告が打合わせの結果に基づき修正したものであるところ、これらの事実からも、原告が、本件脚本の前段階である第一稿につき、相応の評価をしていたことは明らかである。
そうすると、被告の前記供述を採用することはできない。
4 小括
以上によれば、本件契約の解除により、被告から原告に支払われるべき対価相当分は、約定による脚本料三五〇万円の七割に当たる二四五万円であり、被告は原告に対し既に三五万円を支払っていることは当事者間に争いがないから、右既払金を控除した二一〇万円が対価相当分の残額である。
そして、前記第二・二・3に認定したとおり、平成一〇年九月三〇日までに被告は原告に対し脚本料全額の支払を完了することが合意されていたのであり、これは、本件契約が注文者の解除権に基づき解除された場合にも、既に完了している仕事の割合に応じた脚本料対価相当分の支払時期として捉えるべきものであるから、遅くとも同日の経過をもって履行期が経過したものと解すべきである。
二 争点2について
被告は、本件契約の契約書の第三条は、原被告間で製作発表の遅れ等を理由とする脚本料支払繰延べがあり得る旨の合意を文章化したものである旨主張し、乙第三号証にはこれに沿う記載部分がある。
しかしながら、甲第一号証によれば、右条項の文言は、「支払に関しては被告の事情により変更する時は事前に原告に連絡し、原被告誠意をもって協議するものとする。」とされており、いかなる場合にどの程度の期間支払が繰り延べられるのか何ら示されていないのであるから、これを製作発表の遅れを理由とする支払繰延べの合意とみるのは文言の上からはいささか困難というほかない。しかも、右条項によっても、「誠実に協議する」とされているのであるから、支払繰延べの前提として協議をしなければならず、協議をすることなく被告が一方的に支払を拒絶できる旨の合意があるとは解されないところ、本件全証拠によっても、被告が原告に対し、製作発表の遅れを理由に支払を繰り延べる旨協議を申し入れたことを認めることはできないのである。
そうすると、乙第三号証の前記記載部分を採用することはできないというほかなく、他に原被告間に脚本料支払繰延べの合意の存在を認めるに足りる証拠はない。
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、二一〇万円及びこれに対する最終支払日の翌日である平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 片山憲一 裁判官 澤田久文)